
17世紀の半ば頃、九谷の鉱山から陶石が発見されたことと、加賀藩の職人が、今の佐賀県有田町で磁器作りの技術を学んで来たことにより、古九谷焼(こくたにやき)が始められました。
古九谷は加賀百万石文化の、大らかさときらびやかさを合わせ持つ、独特の力強い様式美を作り上げましたが、17 世紀の終わり頃突然作られなくなってしまいました。
その後、19世紀に入ると再び九谷焼(再興九谷)が焼かれるようになりました。春日山窯の木米風、かつての古九谷の再興をめざした吉田屋窯、赤絵細描画の宮本窯、金襴手の永楽窯等数多くの窯が現れ、それぞれ特有の画風を作り出し、九谷焼の産業としての地位を築きました。
石川県金沢市、小松市、加賀市、能美市
花器、食器、茶器、置物、酒器
昭和50年5月10日
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